【アルツハイマー型認知症】陰性症状と陽性症状に対する治療薬について解説

認知症

母親がアルツハイマー型認知症なんだけど、薬の作用や副作用について教えてほしい。

アルツハイマー型認知症には陰性症状と陽性症状があります。今回はそれぞれの治療薬の作用や副作用について解説していきます。

※以前、認知症専門医のもとで勉強していました。ここでは認知症に関して得られた知見などを少しずつ公開していきます。

アルツハイマー型認知症の治療薬の本質

大前提として、現時点において認知症を根本的に良くする薬は存在しません。これからご紹介するのは認知症の症状をある程度落ち着かせるための薬です。治療薬を大別すると『陰性症状に対する治療薬』『陽性症状に対する治療薬』に分けられます。それぞれ見ていきましょう。

2023年6月現在、エーザイ株式会社からアデュカヌマブレカネマブが発表されています。軽度認知障害(MCI)や軽度認知症に対して効果が得られているようです。根本的に良くする薬ではないものの吉報ではあります。

陰性症状に対する治療薬

陰性症状とは記憶障害、注意障害、遂行機能障害などの症状が典型的です。現在、これらの症状に対して4種類の治療薬が認可されています。副作用との兼ね合いもありますが、生活上の障害に対して有効ならばいずれも使ってよい薬です。

  • 異常物質が蓄積し、働きが低下した脳細胞の一部を刺激する薬
    一般名:ドネペジル   商品名:アリセプトなど
    一般名:リバスチグミン 商品名:リバスタッチなど
    一般名:ガランタミン  商品名:レミニールなど
  • 脳細胞への過剰な刺激を抑制し、細胞死を遅らせる薬
    一般名:メマンチン  商品名:メマリー

何度も言いますが、根本的に良くする薬ではありません。使っているとなんとなく気分が良さそう、なんとなく元気がある感じ、なんとなく記憶力がしっかりしているといった程度の効果です。

むしろ大した効果を感じないばかりか、吐き気や眩暈、気分不快などの副作用が出ることもあります。そんなときは一旦中止するのもありなので医師に相談してみましょう。

陽性症状に対する治療薬

陽性症状は妄想、幻覚、興奮、易刺激性、うつ、不安、脱抑制、異常行動などの症状が典型的です。症状の出方は様々ですが、すべての症状が同時に起こるわけではありません。これらの症状には抗精神病薬、抗うつ剤、漢方薬、抗不安剤(いわゆる安定剤/睡眠薬)が適用されています。一つずつ見ていきましょう。

  • 抗精神病薬
    作用:ドパミン拮抗副作用:パーキンソン症状、不随意運動など
    ハロペリドール(セレネース)など:作用・副作用ともに強い
    古典的抗精神病薬リスペリドン(リスパダール)など:作用・副作用ともにやや弱い
    非定型抗精神病薬チアプリド(グラマリール):比較的弱いドパミン拮抗作用を持つ薬剤
  • 抗うつ剤
    作用:薬剤事に異なり特徴も違う
    副作用:眠気、倦怠感など
    トラゾドン(デジレル、レスリン):鎮静作用が比較的強い非定型抗うつ剤
    フルボキサミン(ルボックス)など:鎮静作用がない選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)
  • 漢方薬
    作用:不明な点も多いが効果としてはSSRIに類似
    副作用:眠気、低カリウム血症、間質性肺炎など
    抑肝散:陽性症状に対して有効

  • 抗不安剤(いわゆる安定剤とか睡眠薬)
    作用:GABA系作動作用
    副作用:ふらつき、せん妄など
    ※妄想、幻覚、興奮、易刺激性、うつ、脱抑制、異常行動といった症状には効果がない

それぞれの陽性症状に対する薬の使い分け

陽性症状には妄想、幻覚、興奮、易刺激性、うつ、不安、脱抑制、異常行動などがあります。それぞれの陽性症状に対する薬の使い分けについてちょこっとまとめました。

妄想

妄想とは根拠がなく誤った内容にも関わらず、異常なほど強く確信をもって信じ込んで訂正が不可能な状態のことです。物盗られ妄想、被害妄想、誤認妄想、嫉妬妄想がこの類です。妄想の内容と対象が一致している場合にはリスペリドンまたはハロペリドールが少量で奏効することが多いです。

誤認妄想は薬物治療の副作用が出やすい疾患(レビー小体型認知症)に多く見られるので、基本的には薬物治療を行わないほうが良いです。どうしても必要な場合に限り、まずは鎮静作用の強いトラゾドン、次に副作用の少ないリスペリドンを使用すると良いとされています。

嫉妬妄想には抗精神病薬が適用になりますが、その効果は少ないとされています。理由は発症にあたり器質的変化による影響に比して、社会的背景による影響が大きいことが多いからです。したがって薬物治療よりも生活環境の見直しといった配慮の方が効果的な場合が多いです。

・物盗られ妄想
お金などをどこに置いたか忘れてしまい、誰かが盗ったと信じ込む妄想。

・被害妄想
他者から危害を加えられたり、悪口を言われているなどと信じ込む妄想。

・誤認妄想
来てもいない人が来ている/この家は私の家ではないなどと誤った認識に基づく妄想。

・嫉妬妄想
夫や妻が浮気をしているなどと信じ込む妄想。

幻覚

幻覚とは対象なき知覚のことです。実際には存在しないのに、はっきりとした感覚を訴えることです。五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)を訴えかける、というとイメージしやすいですかね。幻視、幻聴などがこの類です。

特に幻視はレビー小体型認知症に多く見られますが、副作用が出やすいので基本的には薬物治療の対象外です。レビー小体型認知症に限らず、実際のところ幻覚全般は薬物治療の対象外です。どうしても必要な場合に限りごく少量のリスペリドンを使用します。

・幻視
『人・動物・虫』などが色彩を伴って明瞭にありありと見えることが特徴です。『あそこに赤い服を着た女の子がいる』と言って話しかけたり、『虫が飛んでいる/這っている』と言って手で払ったり掃除機をかけたりします。

・幻聴
(誰もいないのに)人の声がする/話しかけられる、(何もないのに)物音がするといった症状が特徴です。中には極度の難聴で明らかに耳が遠いはずなのに、人の声がする/物音がすると訴える方もいます。

指示誘導介助への興奮拒否

興奮とはこちらが善意で手伝おうとしたにもかかわらず激しい拒否や抵抗をしたり、叫んだり悪態をついたりするといった症状です。認知症性の疾患ではかなり高頻度に見られます。介護者にとっては最も重大な負担となり、手に負えない状態と言うとイメージしやすいです。

薬物治療としてはトラゾドン抑肝散で奏効することが多いです。これらで効果が不十分であればSSRIを試し、それでも不十分且つどうしても薬物治療が避けられない場合は、少量のリスペリドンで様子を見ることになります。

易刺激性

易刺激性とは偶発的な音や光などの外的刺激に対して容易にイライラしたり、気にしなくてもいいような些細なことで怒りっぽかったり気分が変動するといった症状が特徴です。薬物治療は『指示誘導介助への興奮拒否』と同じです。

うつ

うつは気分の障害です。悲しそうであったり落ち込んでいるように見えたり、自分なんでいなければいいと言ったり死にたいと言ったりするのが特徴です。深刻な表情や言動であることが重要で、冗談半分に言っている場合は違います。

アルツハイマー病では初期症状として現れることが多いため、本当のうつ病との鑑別が重要です。薬物治療の第一選択はSSRIです。興奮などの他の症状を伴っている場合はトラゾドンを第一選択としても良いです。

不安

不安とは明らかな原因がないのにもかかわらず、変に心配したり、ビクビクと恐れたり、なんとなく落ち着かなかったり、時に動悸や息切れなどの身体症状を呈するのが特徴です。特に介護者が近くにいないときに多く認められます。薬物治療はSSRIが著効します。抑肝散トラゾドンも有効とされています。

脱抑制

脱抑制とは平然と卑猥な言動や行動をしたり、プライベートなことを他人にべらべらと話したり、人のものを平気で持っていたりなど、あまりにも深く考えず衝動的に行動してしまう症状です。薬物治療ではトラゾドンで様子を見て、次いでリスペリドンを試します。それぞれ少量では十分な効果が得られないことが多く、副作用を覚悟で増量をせざるを得ない場合もあります。

異常行動

異常行動には徘徊、常同行動、荷づくり行動、確認行動など数多くの行動があります。異常行動では基盤となる障害がはっきりしない状態で薬物治療を試みざるを得ない場合もありますが、夜間帯が中心の場合に限って言うと常用量のトラゾドンがある程度有効なことがあります。常用行動では『脱抑制』と同じ薬物治療が行われますが、限界があります。

・徘徊
目的なく歩き回る/他者にとってはその行動の目的が理解しがたい状況下で歩き回る行動。

・常同行動
毎日同じ時刻に、同じコースを、同じパターンで、雨が降ろうが雪が降ろうがまったく関係なく繰り返し歩く行動。極端になるとまるで時刻表のように一日のスケジュールが固定され、毎日同じ時刻に同じ行動を繰り返すようになる。

・荷づくり行動
タンスの引き出しや鞄や財布の中身を繰り返し確認したり、一つにまとめたりする行動。アルツハイマー病で多く見られる。

まとめ

繰り返しますが、ご紹介したのは認知症の症状をある程度落ち着かせるための薬です。根本的に良くする薬でもなければ、症状をゼロにする薬でもありません。止むに止まれない場合に限り、状況に応じて適切に使い分けることが重要と言えます。

参考文献

博野信次:臨床認知症学入門 正しい診療 正しいリハビリテーションとケア 改訂2版, 金芳堂, 2007

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